「校庭に変な男の人がいる」
友人はそう叫んで教室に飛び込んできた。
その慌てように周りの皆は口々に「どうせ工事の人だろ」とか「生徒の親でしょ」と、まともに聞かない。
「違うんだ。キャリーケースを持って、登山のリュックみたいなのを背負っているんだ。とにかく異様なんだよ」
友人は身振り手振りをして話しながら、私の所までやってきた。
「なぁ、どう思う?あれは明らかに学校に関係がある人とは思えないんだ」
友人は興奮しながら私に話して聞かせたが、授業開始のチャイムが鳴り、その話は流れた。
友人は急ぎながら「次の放課後、屋上から見てみよう」と言い残し、自分の席に着いた。
先生が来たのは友人が席に着いてからだったので咎められるようなことは無く、至って普通に授業が始まった。
授業終了のチャイムが鳴ると、友人は弁当を片手に飛んできた。
「早く行こう。もう行っちゃってるかもしれない」
私も周りのクラスメイトと同じような感想しか持っていなかったので、行くのは億劫だったが、友人があまりにも「早く早く」と急かすので、仕方なく屋上までついて行った。
屋上は風が強く、物が飛びやすいので昼食場所に選ぶ人はあまりいない。
だから私は誰もいない屋上を予想して友人がドアを開けるのを見ていた。が、そこに、例の”変な男”が居た。
一目でわかったのは、友人が言っていたようにキャリーケースと登山用のリュックを足元に置いており、どこか常人とは違う空気をまとっていたからだ。
友人は「あ、あの人!」と小さな声で私に教えた。
屋上に出てじっとその男の様子を見ていると、ドアがバタン!と音を立てて閉まった。
自分でも驚いていると、男も音に反応してこちらを振り返った。
「あ、あの、あなたは誰ですか?学校に関係があるようには見えませんけど…」
友人は高い声で尋ねた。
「大丈夫、君たちに危害を加えるために来たんじゃないよ。話すのならもう少し近くに来てくれ」
男は落ち着いた声でゆっくりとそう言った。
友人と私は顔を見合わせてから、そっと男の方へ歩み寄った。
近くで見ると、男は背が高く細身で、ハーフのような顔立ちをしていた。外見からおよその年齢は30代ほどであろうと予想が出来た。
「こんにちは、子供たち。突然だけど、今は西暦何年かな?」
「え、あの…あなたは?」
友人はいきなりの質問に戸惑ったらしい。代わりに私が「2010年です」と、答えた。
「ありがとう。私は3817年から時を超えてやってきたんだ。名前はニコラウス。よろしく」
ニコラウスはちょっと笑って見せた。
友人は疑いの目でニコラウスを見た。もちろん、私も信じてなどいない。
彼が何者なのか興味が出てきたので、私は色々と探ってみることにした。
「あの、ニコラウスさんはどこの国の人ですか?日本語は上手みたいですけど…」
「3333年。3333条約というものが全世界で結ばれたんだ。その条約は、国の国境を無くすという条約で、地球は一つの大きな国になった。国同士の争いは無くなったが、各国の文化は無くなり、たくさんの言語が失われた。人種の区別は数百年でほとんどなくなり、いつの間にか人々は国という区切りを全くの無にしてしまったんだよ。
つまり、私はどこの国にも属さない。日本と言う地に住み、かろうじて残った日本語を使っている地球人なんだ」
そう、一息に言ったニコラウスは悲しいような、辛いような表情をしていた。
彼の纏う空気と言い、今の話と言い、その表情と言い…、少し、ニコラウスの言う事が真実のような気がしてきた。
「おっと、この時代の人は今の話について来れたかな?もう500年も前の人々はついて来れなかったようだけど」
「大丈夫です。その、実感は無いですけど」
友人は少しずつ話を整理出来てきたようで、目を輝かせてニコラウスの手を握った。
「すごい!どうやってタイムスリップするの!?その荷物の中身は!?」
友人はどうやらひどく興奮しているらしい。礼儀も忘れていた。
「この靴。この靴を履いて行きたい時代を想い浮かべながら数歩歩くとその時代に行ける。私は数年前から一日一年ずつ旅行してきた。
その時代で見たものをこのケースに入っているノートにぎっしり書いてある。今はまだ日本しか見ていないけどね。あと、このリュックには移動用具が入っている。この靴は行きたい場所には行かせてくれないからね。これが無いと大変なんだ」
ニコラウスはひとつひとつ丁寧に質問に答え、そのキャリーケースの中から見なれた形のノートを取り出した。
ずいぶんと使い古されているようで、ひとつ見せてもらうと、ボールペンのような、万年筆のようなインクで書かれたであろう文字がびっしりと並んでいた。
見なれた文字ばかりだったが、よく分からない英単語も頻繁に使われており、私には解読できそうになかった。
しかし、これが今の世の中に出回れば歴史がひっくり返るだろうということは分かって、思わず喉が鳴った。
友人は例のリュックの中を見せてもらっているようだった。
使い方など見当もつかないような道具ばかりで、どうやら移動装置ばかりでもなさそうだった。
「私の時代ではイメージが全てだ。頭でイメージすればそこに行ける。そこに現れる。イメージが世界を支配している」
ニコラウスの説明はそれだけだった。
しかし、たったそれだけで、私は「彼は未来から来たのだ」と確信した。
「未来では、ニコラウスさんの時代ではタイムスリップは当たり前なんですか?
いつ頃人間はタイムスリップできるようになったんですか?」
「200年も前からあるらしい。つまり、3600年ぐらいからだね。
タイムスリップは一般的だよ。私はこの靴を使っているけど、もっと他のもある。
ブレスレット、ネックレス、メガネ…最早アクセサリーの一部と化している。
趣味の一つとしてはとてもポピュラーだ。私には商売道具だがね」
「何のお仕事を…?」
「歴史小説の作家さ。最も、歴史は皆見ているのだがね。例えば…この時代の人とかね。居もしない聖徳太子を信じ、覚えさせられる学生を書いた本もある。私たちは昔の人々を嘲笑って生きているんだ」
ニコラウスの表情が暗くなった。
昔の人々を嘲る自分たちを嘲笑うような表情で、
私も友人も何も言えなかった。
「でも、私はこの時代が好きだよ」
小さな、それでいてはっきりとした声でニコラウスは言った。
「この時代?」
「この2010年頃さ」
ニコラウスはちょっと笑って見せた。
「私は今58歳だよ。かれこれ40年間、全ての時代を見てきた。でも、どの時代よりもここが一番平和で幸せだ。目立つ戦争がほとんど無くなり、未開のモノに好きなように思いを馳せる。家がある。人がいる。探究心がある。それなりの技術もある。
私は日本しか知らないが、こんなにも幸せな時代は他にない」
私は、今 日本にある問題を思い起こした。
残酷な事件は毎年あるし、嘆かわしいニュースも、深刻な問題も山ほどある。
それでも彼は幸せだというのだ。つまり、私達はいくら時を重ねても今以上に平和で幸せな世界は望めないのだろうか?
その疑問をまとめ、「ニコラウスさんの時代は、戦争があるんですか?」という回りくどい質問になった。
「いや、国境が無くなった今、戦争は無い。争いごともほとんどないよ」
「それでも、2010年より不幸であると?」
ニコラウスはいとも簡単に「あぁ」と答えた。
「私達はかれこれ200年ほど前からタイムスリップに取り憑かれている。進歩することを止めてしまったんだ。未来にだって行けてしまうんだからね。進歩する必要はない、と皆思ってしまった。未来からの輸入に頼ってしまっている。それどころか未来や過去に行ってしまう者が増えてしまい、人口が把握できない。皆自分の時代に興味を失ってしまった。私も、ね。
それは平和で幸せな事かも知れないけど、良い時代ではない。堕ちた時代だ」
低い声で、嘆くような声でニコラウスは語る。
「それ以前もまた戦争が繰り返される。
宇宙が全て暴かれ、研究者が満足してしまう事による研究、発達の衰え。
その他様々な争いと堕落があらゆる時代を汚染する」
ニコラウスは2010年でよく見られる腕時計を見ると鞄の中身を片付け始めた。
「それでも確かに、3600年まで人々は進化の発達をする。私の時代の平均寿命は140歳だ。私が2010年の58歳よりだいぶ若く見えるのは医療技術の発達のおかげだからね。痴呆の人もほとんどいない。良い事は、確かにあるよ」
友人が持っていた移動用具を取り上げ、きちんとリュックにしまわれ、チャックがされた。
「だけどね、人間は今に貪欲なぐらいがちょうどいい。100年後の未来ばかり見ていても面白い事はない。夢を見ていても所詮は夢なんだから」
私は持っていたノートをニコラウスに返した。
「このノートや鞄はね、君達の時代で買ったんだ。使い勝手がいいから愛用していてね、度々買いに来るんだよ」
そう言ってニコラウスはノートをキャリーケースにしまった。
「さて、そろそろ私は次の時代に行くよ。少し、この時代の子供達の様子を見に来ただけだから」
リュックを背負い、キャリーケースを手に持って歩き始めると、ニコラウスはすぐに立ち止まって振り返った。
「君達も、自分の時代を大切にしなさい。
君達は、最も幸せな時代に生まれたのだから」
そう言い残すとまた歩き始め、瞬きをした瞬間にニコラウスは消えていた。
「本当に、未来から来ていたんだ」
友人は呆然としていた。
未来から人間がタイムスリップして来たというのに、私は不思議と誰かに話そうとも、話したいとも思わなかった。むしろ伝えてはいけないと思った。
そうしないと、人は今の時代を大切にしなくなってしまうと彼が言っていたから。
その為に、彼は来たのだと思った。
fin.
SF第二弾。
意味不の下手文はご容赦くだしあorz