生まれたその時から、目は見えなかった。耳は聞こえなかった。
ただし、抱きしめられた時の温かさと優しさは知っていた。
タリアはそんな少女だった。
タリアの傍に居るのは いつも抱きしめてくれる母と
優しく髪を梳いてくれる姉だけだった。
父はタリアが生まれてすぐに家を出て行ってしまったので、目も耳も聞こえないタリアには父の存在など知ることはできなかった。
それでもタリアは漠然と『幸せ』を感じる事が出来た。
母はいつも温かくて、いつも優しかったし
姉の愛はその肌の温かさからいつも伝わってきた。
しかし、そんなタリアにも嫌いな事があった。
月に一度の検診だ。
臭いだけでドキドキしてきて、小さくて丸くてくるくる回るイスに座ると、もう泣きたいほどだった。
何も見えないし、何も聞こえないタリアにとって医者は
「いきなり胸に冷たいものを押し付けてくる人」
だったのだから。
タリアは病院のイスに座ると決まって喚いた。
見えないけど大きく腕を振り回したはずだ。
聞こえないけど大きな声を出したはずだ。
するとやっぱり決まって母が
そっと口を手で封じて、ぎゅっと体を抱きしめてくれるのだ。
タリアは、それには抗おうとしなかった。
母の温かさに妙に落ち着いてしまっていた。
その温かさがあるから、冷たいものもタリアは耐える事ができた。
ある時、タリアの無音の世界に「がしゃんっ」という音が遠くの方から聞こえた気がした。
タリアは生まれて初めての音にびっくりして飛び上がった。
そして「タリア」と呼ぶ声も微かに聞こえた。
音の方を見るが何も見えないのは変わらない。
それでもきょろきょろとしていると母がぎゅうぅっと今までで一番強く、温かく、優しく抱きしめてくれて、タリアも泣きそうになってしまった。
タリアには、母が泣いているように見えていた。
その日、タリアは母に呼ばれた気がして声のする方へ歩いた。
耳が少しだけ聞こえるようになってから簡単な言葉なら話せるようになったので、腕を泳がせながら「ママ」と言うと母はその言葉を待ちわびていたかのようにタリアを思いっきり抱きしめた。
タリアは母の腕の中で幸せに浸っていると、母が何か言った。
タリアには少ししか聞き取れなかったが、なんとなくそれが「出かけてくる」というような内容の気がしたので、タリアは一度こくん。とうなずいた。
タリアがうなずくのを見てから、母はタリアの額にキスをして、遠ざかって行った。
本当は連れて行ってほしかったけれど、目は見えないし、耳もほとんど聞こえないタリアは邪魔になってしまうと分かっていたので、大人しくしていた。
それに、タリアには何故か母が泣いているように見えて、何もできなかった。
母と姉がすっかり出かけてしまってから、タリアは小腹が空いてきたのを感じて、母が残して行ってくれたクッキーを食べた。
目が見えないからいつもは上手く食べれないのだが、今日は上手く食べれた。
それがタリアにはたまらなくうれしくて、たくさん食べていたらお腹が膨れてしまった。
それからはぼーっと母の帰りを待った。
ついには眠くなって、寝てしまった。
タリアのがお腹が空いて目覚めても、母と姉がいる気配は感じられなかった。
タリアは不安に思いながらも、またクッキーをつまんでは腹を膨らませた。
山のようにあったクッキーが無くなっても二人は帰ってこなかった。
タリアが外に出てみようと思って立ち上がったその時、 ガチャリ とドアの開く音が聞こえてタリアの背筋が伸びた。
玄関の方へ手探りで向かうと、確かに誰かがいるのを感じた。
抱きつこうとしてゆっくり近寄ると、苦しいほど強く抱きしめられた。
口も抑えられて、首筋に冷たいものが当たった。
タリアはそれだけで、瞬時に「ここは病院だったのだ。」と解釈した。
確かにここ最近は病院に行かなかったので不思議には感じていたのだが、あまりにいきなりの事なのでタリアは驚いて固まってしまった。
何やら大声で話しかけられているが、何しろ言葉が分からない。
タリアにはほとんど理解できなかった。
数分ほどその状態が続いた後、冷たいそれが悪意を持ってタリアの首を切った。
何にも知らないタリアにも、それが恐ろしい事だということは本能的に分かった。
あんなにも優しかった母が恐ろしくて恐ろしくて、意識が遠のく中でタリアが初めて見たものは 母への絶望でしかなかった。
─ Who Killed Cock Robin
I,said the …?