SF 創造主と世界


ここで世界の状態について考えてみよう。
資源が尽きつつある。二酸化炭素が増えている。食糧が足りない。
そう。これらの人間に直面する問題は、全て神によるものだ。
神と言っても多くて分かりづらいが、ここでは創造主のことである。
なんだっていい。この世界を創り、今日の常識を常識たらしめている存在だ。
資源が尽きてきたのはこの世界を創った神が資源に制限をつけたからだ。
二酸化炭素が増えているのはこの世界を創った神が二酸化炭素という物質を作ったからだ。
もっと言えば、人間が争いを止めないのは神がそういう風に人を作ったからである。

それならば、何故創造主はこの世界にあらゆる制限を設けたのだろうか?
答えは簡単。地球に存在する生きとし生けるものを永遠に生かす気など無いからだ。
資源を、食糧を大量に消費し、争い合って早死にするも良し。
みんなで仲良く手を取り合って細々と生き永らえ、結果死滅するも良し。
創造主は私たちとは違った次元にいるため私が全滅しようと知ったことではないのだろう。

さて、また問題が生まれた。何故創造主は永遠に生かす気などない私達を作ったのだろうか?
この答えもまた簡単。研究である。いや、研究という名の暇つぶしであろうか。
人という一定の知能を持った生き物がどのぐらい自力で発展することが可能なのかを試したのだ。
そして、創造主のきまぐれでいつでもこの世界は無くなるのだ。
つまり、私たちが全滅するのは偶然であり、必然であるのだ。

ある日、地球の中心が大爆発を起こしてありとあらゆる生物が死滅する。
それはきっと創造主が爆弾を設置していたから。

ある日、隕石が降ってくる。
それはきっと創造主がこの世界に飽きたから。

それは仕方のないこと。自然なことなのである。

何のために世界は存在するのだろう?

                   †

ある日、石油が尽きた。石炭が、天然ガスが、食糧が、住む場所が。
人々は混乱に陥った。
信者は神に祈った。信徒は創生主に助けを求めた。

みんな、この世の終わりを予感した。

この世界は所詮神の手の上で踊るだけであって、意味などない。
初めからこうなる予定で、こうなる運命だった。
始まった瞬間から終わっていた。

朽ちゆく世界はこれだけの為にあったかのように美しく、死滅していく命の灯火は儚いほど愛しかった。

世界の終焉。

この世界は静かに、静かに、死んでいく。
老衰して死んでいくそれのように。
静かに、静かに、死んでいく。


fin.

古い漫画を読んでいたのでその影響がすごく出てますね;
古い漫画を読んだことがある人なら分かったと思います。
ちなみに『ポーの一族』で泣きそうになってましたw