今日の夢は親子の夢。
私は髪を二つに結んだ五、六歳の女の子で、お父さんが呼んでいるのに気付いて走ったら転んでしまった。
大した怪我じゃないけれど、私はびっくりして泣いていた。
私のお父さんの顔じゃないけれど、夢の中のお父さんは「大丈夫」と言って背中をさすってくれた。
「幸せになるお呪いをかけてあげる」とお父さんが言って、私の頭を撫でながら「むむむ〜…」と念を入れるような真似をした。
「ほうら、もう大丈夫。痛くない、楽しい楽しい!」
お父さんは私を肩車して童歌を歌ってくれた。
私ももう機嫌を直して一緒に歌っていた。
そこで夢は終わった。
「つまらない夢ね」
友達の凛はそう言った。
今は昼休み中で、いつも涼奈と一緒にお弁当を食べているのだ。
「この間のは傑作だったじゃない。何だっけ、歌妃が男で、女の子を連れまわして旅をして、最後はその女の子に嫌われて逃げられたんだっけ」
「ん、逃げられたっていうか、いなかった」
がたんっ!
といきなり後ろで音がした。
振り返ると立っていたのは同じクラスの男子。
名前は確か綾弥。
あまり話したことは無いけれど、良いやつのはずだ。
「歌妃さん、その話 どこで聞いたの?」
「どこで、って…私の夢の話だよ」
「夢って、寝るときに見る?」
「えぇ」
綾弥は自分を指した。
「オレも、その夢見た」
「…え?」
綾弥は驚いた顔をしていたけど、たぶん私も同じ顔をしていた。
「今日見た夢は、オレが女の子の父親で、転んだ女の子をこうやって…」
綾弥は私の頭を撫でて、夢と同じように「むむむ〜…」と念を入れるような真似をした。
「こうやるやつ。…でしょ?
それで、前の夢はオレが女の子で、男の子と旅をしていたらはぐれるんだ」
私はしばらくぽかんとしていた。何も見ていなかったと思う。
だから綾弥が私の背中に腕を回したのも見えなかった。
「わっ!?」
綾弥はぎゅうっと私を抱きしめた。
「そっか、歌妃さんがあの子だったんだね。・・・会いたかった」
「あや、み 君…?」
綾弥はおとといの夢のあの女の子で、はぐれただけで、ずっと私を探していた…?
私はあの男の子で、女の子がいなくなったのは嫌われたからだと思っていて、会いたかった…。
「やっと会えたね」
綾弥は泣いていた。
きっと彼は感受性が豊かで、とっても優しくて…。
私は少し、彼に惹かれた。
ざわ ざわ ざわ ざわ
はっとする。
周りがすごく騒がしい。当たり前だ。
教室の真ん中で堂々と男女が抱き合っているのだから。私だってそんなの見たらざわざわする。
「綾弥君、とりあえず離れよう。また後でゆっくり話そう。ね?」
子供みたいにひっついて離れない綾弥を、優しく、しかし容赦なく引きはがす。
綾弥は涙を拭いながら離れた。
「綾弥」
「へ?」
「綾弥って呼んでよ。歌妃」
少しきゅんとしたのは認めよう。
泣いて赤くなった顔と潤む瞳で「呼び捨てで呼んで」と言われたのだ。至近距離で。
今まで気付かなかったけれど綾弥はなかなか綺麗な顔をしていて、艶っぽく見えさえした。
自分でも気持ち悪いと思うのだが、あれから綾弥の顔が頭から離れない。
さっきから何故か焦りながら授業を受けているし、ノートを取っているつもりが気付いたら『綾弥』という単語で埋め尽くされている。引いた。
先生に「歌妃」と呼ばれても気付かないのに、先生が「綾弥」と呼ぶと心臓が跳ねる。
そんな自分に少し幻滅したりする。
私って、運命みたいなので恋する女だったんだ…。
授業が終わって掃除も
HRも終わった。
みんな各々帰宅したり、部活へ行ったりしていて、教室は誰もいない。
私は何をするでもなく、自分の席からぼうっと外を眺めていた。
そうしてみたかった。
綾弥はほどなくして教室に入ってきた。
来ないかなぁ、と思っていたので少し嬉しい。
「ごめん、遅れた。奇梗の手伝いしてた」
「別に待ってたわけじゃないし、いいけど」
綾弥は走ってきて、私の前の席に勝手に座った。
汗と砂のにおいが少し臭い。
「ねぇ、あの夢覚えてる?オレが男で歌妃が女。
オレが失くした物を歌妃と一緒に探すんだ」
「あぁ、結局見つからなかったね」
「じゃあ、オレがお姫様で歌妃が王様。
王様はお姫様が大好きでお城に閉じ込めちゃうけど、お姫様も王様が好きだから仕方ないと思って一生そこで暮らした」
「仕方ないなんて思ってたの?てっきり恨まれてると思ってた」
「あと、二人とも男で友達だけど、何故かいつも互いを傷つけ合うんだ」
「夢なだけに、感情も何もないみたいだったね」
「いつもオレ達の夢は二人っきりだった」
「そうだね」
「今も夢かな?」
カキーン、と野球部の練習の音が響いた。良い当たりだ。
教室は夕焼けの赤が差し込んでいて燃えているみたい。
「ね、ずっと好きだった」
手をぎゅっと握られた。
「夢みたいに、置いていかないで」
顔が近付いた。
「夢みたいに閉じ込めてよ」
私達は付き合うことになった。
綾弥は犬みたいに私によく懐いていて、うさぎみたいに寂しがり屋で、少し泣き虫だ。
綾弥はいっつも、どこか切ない夢の話をしていた。
切ないけど、私に会うと心が安らぐのだ と言ってくれた。
夢の話ばっかの綾弥だけど、夢の私を愛しているわけじゃないって信じているから
私はずっと彼を好きでいられる。
綾弥は趣味の話なんかしないし、先生の悪口も言わない。夢の話だけ。
周りのみんなは「あんなつまらない男とよく付き合えるね」とか言うけど、私は満足している。
夢は私と綾弥の共通点だし、二人をつなぐ絆でもある。
辛い夢を見たら二人で辛さを分け合って、抱きしめ合える。
別れていく夢を見たら、綾弥は「会いたかった」と私に泣きつく。
その全てが愛しくて、とっても幸せ。
付き合い始めてから一年以上経った時、ある夢を見た。
私はポニーテールの女の子だ。
私は一人で雲の上にいて、歩き回っている。
ジャンプしたり、踊ったりして楽しく遊んでいると、おかっぱ頭の女の子が現れて一緒にふわふわの雲を使って遊びだす。
だけど、途中で雲の底が抜けて私は雲の下の海に呑まれた。
それだけ。
きっとおかっぱの女の子は綾弥だ。
今日はやっぱり泣きついてくるのだろうか。
そんなことを考えながら登校し、教室で綾弥が来るのを待った。
クラスは離れてしまっているが、毎朝綾弥は私の教室まで来てくれるのだ。
数分後に綾弥は来た。
「おはよう」
「おはよう、歌妃」
意外と普通だ。いつもなら泣きつくのに。
「どうしたの。今日は泣きついて来ないのね?」
「今日はそんな夢じゃなかったじゃない」
綾弥は首を傾げた。
「私が雲の上から落ちたのに?」
「え?」
何かおかしい。
「二つ縛りの女の子が歌妃でしょ?オレはショートカットの女の子だった。
歌妃と一緒に二人ではしゃいで遊んでただけじゃない。最後は鳥になって一緒に飛んでいくんだ。歌妃は落ちてないよ」
何それ何それ…
そんな夢、
「私、知らない。」
綾弥が両手をつなぐ。
「どういうこと?」
「私が見たのは、ポニーテールの女の子の私が雲の上で遊んでいる所に、おかっぱ頭の綾弥が来て、一緒に遊んでいたら私が雲の上から落ちるの。鳥なんか出てこなかった」
あれ?あれ?何で…?
「歌妃…」
どうして?今までずっとぴったり合ってたのに。
どうしてずれちゃったの?何がいけないの?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
「また、来るね」
綾弥は足早に教室を出て行った。
昼休み、凛にその事を話した。
「私には同じ夢で会うっていう気持ちがどんなものか知らないけれど、夢以外にも何かあるでしょう?趣味とか、学校とか…夢ばっかじゃなくて、他の事で恋人らしくあればいいじゃない」
凛の言葉が胸に突き刺さった。
「…無いよ。私達には夢が全てで、夢で成り立っていたの」
ひどく、空しかった。
涙が溢れた。
教室が真っ赤に燃えて見えて、もう駄目だと思った。もうお終いだと思った。
凛や周りの皆には申し訳なかったけれど、声を殺して泣いてしまった。
皆驚いて私を見ていたけれど、もう、嫌になってしまった。
授業が終わって掃除もHRも終わった。
みんな各々帰宅したり、部活へ行ったりしていて、教室は誰もいない。
私は何をするでもなく、自分の席からぼうっと外を眺めていた。
そうしていたかった。
綾弥はほどなくして教室に入ってきた。
来るだろうとは思っていたけど、やっぱり嬉しい。
「ごめん、遅れた」
「待ってたわけじゃないから、いいのに」
綾弥は歩いてきて、私の前の席に勝手に座った。
今日は汗と砂の臭いはしない。
「ね。もう、だめなのかな。私達」
「まさか。たった一回夢がずれただけだろう?」
「ねぇ、あの夢覚えてる?私が女で綾弥が男。綾弥が失くした物を一緒に探すの」
「今でも見つかっていない。もう一度探しに行こう」
「私が王様で綾弥がお姫様。王様はお姫様を閉じ込めちゃうの」
「あれは仕方が無いし、オレはあれでも幸せだった」
「二人とも男で互いを傷つけ合うの」
「まだ決着がついてないよ」
「いつも 二人だった」
「そうだよ」
「でも、夢は覚めちゃった」
『ストライク!バッターアウト!』と声が響いた。
野球部の練習試合だ。今日の四番は調子が悪いらしい。
教室は夕焼けの赤が差し込んでいて燃えているみたい。
「ね、ずっと好きだった」
私は両手で顔を覆った。
「もう夢みたいにはいかない」
夢しか見ない綾弥には、私はもう、ついて行けない。
きっと、満足しているふりをしていただけで、満足していなかったんだ。
夢の私じゃなくて、現実の私を見てほしかったんだ。
それが耐えられなくて、綾弥を信じれなくなった。
だから、夢がずれたのは、私のせい。
「ねぇ、あの夢覚えてる?」
綾弥は宙を見て、不意に言った。
「歌妃は五、六歳の女の子で、オレはそのお父さん」
あぁ、もちろん
「オレが呼んだら歌妃は転ぶんだ」
もちろん 覚えている。
「歌妃が泣いちゃったから、オレはこうする」
綾弥は私の頭を撫でて、夢と同じように「むむむ〜…」と念を入れるような真似をした。
「こうやるやつ」
涙が止まらない。
これが夢であったなら。あれが現実であったなら。
「さようなら、歌妃」
ガタッ と席を立つ音がした。
「ずっとずっと好きだった。好きだったから、夢で会えたんだよ」
綾弥がどんな顔をしているのか見たかった。でも、顔を上げてもきっと涙で見えない。
汚い顔を、見せたくない。
「また夢で会えたら、会いに来るね」
きっとあなたが夢だった。
fin.
これ書いてる時泣きそうでした。こいつらリア充過ぎてw