箱庭 − 1・アレクシスの青いリボン−2

マルヴィンと共に庭園に行くその日、シモーヌは僕を抱きしめてくれた。
家の跡取りでないシモーヌは学校に行かせてもらえないから、これからは会う機会が大幅に減る。それを思ってか、シモーヌの抱擁はやけに長かった。
「アレクシス、元気でね」
シモーヌはそう言って僕の頬にキスをした。
隣に居たマルヴィンは、それを見てちょっと驚いてから笑って僕を茶化した。

庭園のある村までの列車に乗ってマルヴィンと向い合せに座ると、マルヴィンはまた僕を茶化した。
「オレはアレクシスが一方的にシモーヌの事を好きなんだと思ってたよ。
なんだ、シモーヌもアレクシスの事が好きなんだな。」
マルヴィンの台詞に僕は少し首を傾げた。
「マルヴィンには好きな人が居ないの?」
「好きな人?オレはアレクシスが好きだよ」
マルヴィンはまだ幼かった。彼の知る愛は友愛しかなく、僕がシモーヌに対して抱く愛を知らなかった。
だから僕が胸の内に秘めている葛藤には気づくはずも無かったのだ。
「そういう事だよ、君が僕を好きなようにシモーヌも僕が好きなんだ。
でも僕がシモーヌを好きだというのはそうじゃない。君のパパがママを好きだというような『好き』なのさ」
マルヴィンはう〜ん、と考えていた。列車が走りだしてから漸くして、もごもごと
「よく分からないけど『好き』なら何でもいいんじゃないかな」と言った。

僕は内心マルヴィンに対して失望した。
彼は愛を知らないからそう言えるのであって、僕にとってそれは、紅く煌めくルビーと道端にあるちらりとも光らない石ころを取り上げて、同じ石なんだからどちらも変わりないと言われるようなものであった。
僕は、マルヴィンはまだ価値が分からないのだと自分に言い聞かせて、その言葉を聞こえなかったフリをした。

列車の窓から故郷の町を眺め、僕は心の中で今の会話を繰り返した。
その時まで僕の中でシモーヌは信仰し、敬愛すべき人物だった。
しかし、マルヴィンに『好き』ならどれも同じことだと言われて、より一層友愛と恋愛の差を認識した。
友愛と恋愛の差こそが信仰すべき美徳のように感じられた。
この会話は、僕はシモーヌに恋愛の対象として愛されたいのだと痛感するきっかけになった。
僕はこの頃からシモーヌへの意識を100%恋愛に向け始めた。シモーヌは女神ではなく、純粋なる想い人になったのだ。

列車が故郷から離れていくごとに、シモーヌへの想いが大きくなる。
シモーヌがくれたリボンで結った髪は、すっかり長くなって綺麗に三つ編みができるようになっていた。それを撫でると、次はシモーヌへの恨みが芽吹いた。
マルヴィンはずっと黙って窓の外を見ている僕を見て、
「大丈夫、休みの日にはいつでも会えるさ。そうだ、シモーヌの喜びそうな土産をそれまでに考えておこう。」
と言って笑った。