箱庭 − 1・アレクシスの青いリボン−1

僕はシモーヌを愛していた。それは庭園に入っても変わらなかった。


シモーヌは僕より三つ年上の姉だ。僕は今中等部の二年だから、シモーヌは今17歳だ。

こう言うと親友のマルヴィンは怪訝な顔をするけど、シモーヌは美しい人だった。
よく肩口程に伸ばした髪を丹念に櫛で梳いていた。常に微笑みを浮かべ、表情豊かな人だった。
シモーヌは僕よりもよっぽど綺麗だったし、僕なんかより人づきあいが良かった。つまりは、僕なんかよりもずいぶん優れた人だった。


幼い頃、僕はシモーヌと自分を比較する癖があった。
3歳の僕と6歳のシモーヌ。何を比べたって年長のシモーヌが優位なのは当たり前だ。しかし、幼い自分にはそんな事は分からなかった。だから僕の世界ではシモーヌは常に優れた器用な人。僕は常にシモーヌに劣る平凡な人間。そう考えていた。

しかし、歳を重ねるごとに僕がシモーヌよりも優位であると思える点も見えてきた。
例えば、時代が時代なだけに、僕の家では家督を譲り受けるのは僕だということになっていた。大した家ではないが、父の財産は僕がすべてもらうのだ。家の中での地位は僕の方が優れていると言えた。
さらに、シモーヌは短気だった。友人と小さな諍いがあったかと思うと、次の日には絶交したという事は珍しくなかった。一方、僕は友人が少ない分、友人と喧嘩する事も少なかったし、何より絶交した事なんて無かった。

僕はこういったささやかな事でシモーヌに勝る事を極端に嫌った。勝っている分を帳消しにする為に、わざと失敗をして自分を落とした。僕の世界では、シモーヌはより僕が上回るという事はあってはならない禁忌だった。シモーヌは僕にとっての女神のような存在であった。
三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、幼い頃の自分の考えはいつまでもあり続けたのだ。

そして僕は、女神を守る騎士になりたかった。
僕はシモーヌを守る事を心に誓ったのだ。しかし、大したことはない。シモーヌが思い荷物を持っていたら持ってあげたり、お使いを代わりにってあげるぐらいだ。しかも気が向いたときにしかやらない。
それでも僕は守っているつもりだったし、シモーヌは自分で育てたのだ、という気にさえなっていた。
僕は6歳で庭園に入るまで、その騎士ごっこを続けた。


マルヴィンにはよく、「シモーヌのどこがいいんだ」と言われた。
マルヴィンが言うには、シモーヌは一見素朴だが、実はわがままで自分勝手。その辺の女の子たちと何ら変わり映えのないつまらない女の子。だというのだ。
そう言われた時、僕は憤った。僕にとってシモーヌは神に等しいのだから、その辺の子と一緒にされてはたまらない。ただ、僕はあまり感情を表に出さないので、ただ黙ってマルヴィンの言い分を聞いていた。

「アレクシスの方が綺麗だしね」
マルヴィンがそう言った時、僕は大きく取り乱した。表には出さないものの、心臓が一瞬だけ凍りついたようだった。「綺麗だ」と言われた事ではなく、他人から見て僕がシモーヌを上回ってしまっている事象が一つでもある事が大きな衝撃だったのだ。僕の中では触れてはならない禁忌に触れている。それはまさしく、有罪判決を受けた容疑者そのものの気分に相違ないだろう。

ショックを受けたまま家に戻ったその日、シモーヌからプレゼントをもらった。
シモーヌはいつもの愛らしい微笑みのまま、
「いつもありがとう、アレクシス。大好きよ」
と言って僕の髪にリボンを結んだ。
少々長めの僕の髪を歪な三つ編みにして、おそろいの青いリボンを結んでくれたのだ。
僕は嬉しく思うと同時に、ほっとした。
シモーヌは確かにマルヴィンの言うとおり他の女の子と同じかもしれなかったが、いつだって僕に優しかったのだ。
初めて二人でお使いにった時、ずっと手をつないでいてくれた。
父に怒られて泣いていた時もすぐに来て慰めてくれた。
いつも側に居てくれた。
それが僕への好意だったのか、単に姉としての意識だったのか、それとも両方だったのかは分からない。いずれにしても、シモーヌは僕が愛するだけの価値を持った心優しい女神だった。
僕はシモーヌを信仰していても良いのだと、その時許された気がした。
シモーヌにはシモーヌの良い所があって、僕はそれを一途に愛してさえいればよいのだ。

それから僕は髪をより伸ばすようにした。髪が長いほうが三つ編みが綺麗にできたし、リボンが映えた。何よりシモーヌが喜んだ。
今でも三つ編みにリボンをしているものだから、周りにはよく「女みたいだ」とからかわれるが気にしない。
シモーヌがいつも僕を見守ってくれているような、僕を想ってくれているような気がするからだ。
その心の支えの事を考えれば周りの目などそよ風のようなものだ。


僕はシモーヌを疑わないし、彼女を愛し続ける事に疑問も無い。
僕がシモーヌを愛し続ける。これは自然の摂理のようなもので、運命なのだ。