星型キャンディーを消化する方法


 星型のキャンディーに恋をした。それはもうずっと前の事のようで、つい最近の事のよう。あの人が初めてくれた物だから、私にはもう欠かせない。自分でも安いなぁと思う。それでも、特別な人から貰った物は飴玉だろうと、どんな安物であろうと、やっぱり特別になる。好きなところが、想い人と重なって愛しくなる。
 星型のキャンディーを食べると、一つの星を征服したようで好きだ。口の中で転がって、やがて溶けて無くなる。転がっている間私の口の中を痛めつけてはいるけれど、結局私の一部になってしまう。舐めている間、私の恋は何倍にも膨らむ。あの人を思い返して、やっぱり好きだと実感する。そして愛しすぎて思わず噛み砕く。バラバラになったキャンディーが散弾銃のように口の中を飛び回り、何をするでもなく、無力に溶けていく。たまらない征服感と、程良い痛さが病みつきだ。

 あの人とは何千年も前から一緒だったはずだ。見た瞬間に雷に打たれたかのような衝撃を受けた。険しい顔をしていて、どこか近寄りがたい。なんでもそつなくこなしてしまって、誰の助けも必要としないような孤高の人。
 眩暈と似た感覚で、好きだと思った。誰もが腫れ物に触るように扱う彼の人に近づいたのは私くらいのもので、それも初めは相手にされなかった。それでも初対面で、口説くようにどこかで会ったことがないかと尋ね、「無い」と一言返されたその声は、耳に心地よかった。
 一緒に居るのは楽しかった。あの人は何も言わないし、私もまた何も言わない。こんなのが心地よいと感じたのは初めてだった。想い人は羊水で出来ているんじゃないかと思ったほどだ。冷たい人なのに、隣は温かかい。いつもはまるで私なんか居ないように振舞っているのに、たまに横目で私を見るのがたまらなかった。
 どうしてついて来る、と尋ねられた時は思わず飛び上がった。一瞬、私に話しかけているのだとは思わなかった。血が送り出される音を間近に聞きながら、これが恋の音なのだと知った。だから、問いに対する答えは単純なものだった。
「あなたが好きだからです」
 いつものしかめっ面を眺め、恋に殺されて死んでいくのだと悟った。しまったなぁ、なんて後悔したところで、あの人を愛したことに後悔はない。

 誰もいない桜並木に出来た、虹の夢を見た。七つの色に煌めく虹が、私はまだあの人の一面しか知らないに違いないと思わせる。
 思い出すのはあの人の事ばかりで、桜の下に埋まる想い人を想像した。きっと綺麗な赤を垂れ流すことだろう。きっと桜は桜に有るまじき美しさを誇るだろう。根元に目玉が生えていて、私を見てくれる。幹に口が付いていて、低音で私を痺れさせる。桜の花は花ではなくあなたの脳で、手に触れられる。きっと脚も生えていて、私の手なんか借りなくても花を咲かせる灰を探しだす。
 そんなに美しかったら、私は誰かに見られる前に桜を焼くだろう。そうであれば、その炭を飲み込んであなたと一体になれるのに。でもその前に、桜に生えた腕が私の喉を容赦なく締め上げるのだ。するとやはり私の死体は桜の下に埋まって、あなたという桜と一緒になるのかもしれない。
 空想に浸っていると、不意に虹から星が落ちてきた。私は星を掴んで、当然のように口に放り込む。黒糖のように甘くて、菜の花のように苦い。美味しくはないけれど、愛しい。この味を愛せるのはきっと私だけだと思うと、自然と笑みがこぼれた。夢の世界はあなたで出来ていた。

 あの人からの最初で最後のプレゼントは金平糖だった。白、赤、黄、緑と色とりどりで愛らしい砂糖菓子。星型のキャンディー。
「これからは会えない」という理由で、身代わりのようにして差し出された。それだけで金平糖は憎らしく見えた。いたいけな子供のふりをして、私からあの人を遠ざけたのだ。「嫌だ」と呟いた声が彼の人に聞こえたかは分からない。
 それからは想い人に会えない日が続いた。私の心を鎖で雁字搦めにしていた瞳が、声が、記憶から消えていく。その度に星を口に詰め込んだ。夢とは違って、ひたすらに優しい甘さが私を包み込む。最後に見たあの人のように、最後に私を認めてくれたあの優しさのように、甘かった。その甘さだけであの人の視線が、音が甦るようだった。それから、私は星型のキャンディーを愛するようになった。同時にあの人以外に興味を失った。ずっとこの夢を見ていようと決めた。
 どうして会えなくなったのかはすぐに分かった。単純な事で、彼の人は死んだのだ。それも自殺。投身自殺。岬から岩礁に向かって頭から落ち、海へと還ったらしい。あの人の赤が見られなかったのは残念としか言えない。桜を見るたび、今もそう思う。
 もちろんその岬に行ってみたが、どうも飛び降りる気にはならなかった。当たり前だが死体は見当たらなかったし、岩礁にも血の跡はなかった。それならまだしも、想い人が目の前に居るような気がした。あの人がここに居ては飛び降りたところで何も変わらない。私は泣く泣く帰るほかなかった。
 帰り道、微笑みながら舐るキャンディーは甘くてしょっぱい。そして狂おしい。
 後悔はない。たぶんこれが最善なのだろう。

 結局のところ、私はおかしいのだと思う。最近はキャンディーとあの人の区別がつかなくなってきた。私の口に放り込んで、ころころ転がして愛でたかった。そうすればきっと私の愛は溢れて収まらなくなる。愛しさがとめどなく流れて憎悪に変わる。その瞬間は、きっと気持ちが良いのだろう。噛み砕いた瞬間、きっとあの人は私に殺意を抱く。あの人が私を見てくれている快感に浸りながら、私はゆっくりと時間をかけてあなたを消化する。この頃には私の愛は憎悪から悲哀に変わる。あなたが消えて、あなたの味が残る中で、あなたが私の一部になった事を実感する。神に感謝し、あなたを愛し、私は一人で生きるのだ。


「こまけだら」名義で部誌に掲載しました。
谷山浩子さんの『キャンディーヌ』をイメージして書きました。