貧しい家に生まれた青年には好きな人がいました。青年の先生の娘で、女神アテナ様のようだと謳われるほどの美しい娘でした。
ある時青年は身分違いだと分かっていながらも、娘に愛の告白をしました。
娘はこう言いました。
「私、今度の誕生日に真っ赤なドレスが欲しいの。それも人の生き血で染め上げたようなやつをね。それをプレゼントしてくれたら 貴方の望むものを何でも一つあげるわ」
青年は悩みました。貧しい彼にはそんなドレスを買う当てもありません。おまけに誕生日は3日後に迫っていました。
青年が途方に暮れぼんやりしていると、隣の家の唖の少女がこちらを心配そうに見ているのに気付きました。
「あぁ、君か。聞いてくれ、僕にはドレスを買うお金なんて無いのに、先生の娘さんに真っ赤な人の生き血で染めたようなドレスを渡さなきゃいけないんだ」
青年はその嘆きを誰でもいいから聞いて欲しいと思い、少女に全てを話しました。
唖の少女は青年に恋心を抱いていたので、それを聞くのはとても辛く思いましたが、青年はその表情を自分への同情と思い長々と少女に話して聞かせました。
「すまない。口の利けない君には話してもどうにもできない事だったね。聞いてくれてありがとう。・・・さて、これからどうしようか」
そう言って青年はとぼとぼと家に帰っていきました。
少女はそれを見て教会へと走りました。そして、必死に祈りました。
「女神アテナ様。どうか聞いてください。私の血で染めた糸を使って真っ赤なドレスを作ってください」
女神アテナは呆れました。人間はどうしてこんなにも身勝手なのだろう。こういう時だけ神に頼って。一度痛い目に遭えば少しは変わるだろうか。
そんな戯れで唖の少女の前に姿を現しました。
「願いを引き受けてもいいですが、それにはかなりの犠牲と苦痛を伴います。貴女は糸が全て染まり上がるまで死ぬことは許されません。それでもいいですか?」
少女は躊躇うことなく「はい」と答えました。
「私はこの想いがあの方に伝わればそれでよいのです。そのためには命など惜しくはありません。あの方と私との確かな絆が残りさえすればよいのです」
アテナは頷き、少女の心臓に糸を通しました。
そしてその糸をゆっくり、じっくりと手繰り寄せ、真っ赤に染め上げていきました。
少女は糸が通るたび例えようの無い激しい苦痛に苛まれ、気を失いそうになりました。
アテナは、少女が無理だと言い、諦めたら止めてやろうと思っていましたが、少女は気を保ち苦痛をただ耐え続けていました。
一晩かけて糸が全て少女の胸を通り過ぎると、少女は息絶えてしまいました。
アテナは急いでその糸でドレスを織りました。
生き血で染めた真っ赤なドレスは娘の誕生日に出来上がりました。
アテナは唖の少女に姿を変え、青年に渡しにいきました。
青年はそのドレスに驚きました。
「どうしたんだい?そのドレス。それに、何だか顔色も悪い」
アテナは黙ったまま少女の胸を指差しました。
「そうか、君が作ってくれたんだね?ありがとう!」
青年は少女を抱きしめましたが、アテナはすぐにその腕からするりと抜けて去ってしまいました。
青年は上機嫌で娘にドレスを渡しに行きました。すると娘は、
「なあに、その気味の悪い色のドレス。とにかく、私そんなドレス嫌よ。私には似合わないわ」
青年は絶望しました。
悲しみ、ドレスを抱きしめたまま教会に入っていくと、そこに唖の少女が倒れているのを見つけ、駆け寄りました。
ドレスを横に置き、少女を抱えると、すっかり血の気が引いた顔色をしていました。
唖の少女は自分のために、命を失ってまでドレスを作ってくれた事に、青年はすぐに気付きました。
青年は泣き崩れ、嘆きました。
その嘆きを聞くのは、少女の残した真っ赤なドレスだけでした。
fin.